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福岡地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決

原告 道城募

被告 福岡県知事

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

被告が原告に対し昭和二十九年一月十一日なした昭和二十八年度事業税賦課処分に対する異議申立決定のうち課税標準額十三万円中三万五千五百円を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求むる旨申立た。

二、被告

主文同旨の判決を求めた。

第二、当事実者双方の争ない事実

原告は肩書地において旅館業(立花屋)を営んでいるものであるが、昭和二十八年五月二十五日被告の前任者福岡県知事杉本勝次(以下単に被告とする)に対し、昭和二十八年度事業税の課税標準である昭和二十七年度(同年一月一日から同年十二月三十一日まで)の所得につき、総収入金四十万三十円、課税標準額九万二百八十六円を申告したところ、同年十月十一日被告から昭和二十八年度の課税標準額を十三万円とする賦課処分を受け、その旨の徴税令書の送達を受けた。之に対し、同年十一月五日原告は被告に対し異議の申立をしたが、昭和二十九年一月十一日被告は右賦課処分どおりの額を認容し、異議申立を却下する旨の決定をなし、その頃右決定の通知を受けた。

第三、当事者双方の争点

一、原告

(一)  請求の原因

原告の旅館営業による昭和二十七年度の所得は次のとおりである。

(イ) 一般客による荒利益

収入金十七万四千八百三十円(遊興飲食税一、五割と、女中奉仕料一割を控除済)であり、右に対し荒利益率は五割であるから、右金額に右利益率を乗じた八万七千四百十円が荒利益である。

(ロ) 素泊客による荒利益

収入金は三万千五百円(控除したものは前同様)であり、右に対する荒利益率は十割であるから右金額に右利益率を乗じた三万千五百円が荒利益である。

(ハ) 競輪選手による荒利益

収入金は十九万三千七百円(控除したものは前同様)であり、右に対する荒利益率は四割であるから右金額に右利率を乗じた七万七千四百八十円が荒利益である。

(ニ) しかして、右営業に要した必要経費は各項目合計六万八千百四円であるから、(イ)(ロ)(ハ)の各荒利益金合計十九万六千三百九十円から右必要経費を差引いた十二万八千二百九十四円が原告の所得である。

(ホ) そこで、右所得から地方税法所定の基礎控除額五万円を控除した七万八千二百九十四円が課税標準額となるべきであるが、被告の調査員である訴外中峯稔の調査の結果、課税標準額を九万四千五百円の査定を受けたので、原告も之を承認し右課税標準額は九万四千五百円と主張する。

よつて、右金額を超過して課税標準額を十三万と決定した被告の異議申立に対する決定は、右超過額三万五千五百円の限度において違法であるから、之が取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

(二)  被告の主張に対する反駁

(イ) 被告の主張事実中、各収益から控除すべき遊興飲食税の税率は売上額に対し一、五割であること、使用人の給料が一万八千円であること、原告は遊興飲食税台帳は備付けていたが、旅館営業についての収入支出を記帳した帳簿は備付けていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

(ロ) 仮りに競輪選手による収入金が被告主張のように三十三万三千二百円だとしても原告の所得は次のとおりになる

1一般客、素泊客による荒利益は右(一)の(イ)(ロ)と同一である。

2競輪選手による売上高三十三万三千二百円から、遊興飲食税一、五割、女中奉仕料一割を控除した二十五万九千四百五十円が収入金であり、右に対する荒利益率は右(一)の(ハ)同様四割であるから、右金額に右利益率を乗じた十万三千七百八十円が荒利益となる。

3ところで、右営業に要した必要経費は調査官の認定により九万二千七百四十四円であるから、右12の各荒利益合計二十二万二千六百九十円から右必要経費額を差引いた十二万九千九百四十六円が原告の所得となる。そこで右所得から前掲基礎控除額五万円を控除した七万九千九百四十六円が課税標準額となるべきである。

4してみれば、被告主張の金額によつても、原告主張の課税標準額よりは少額になるのであるから、被告の主張は理由がない。

二、被告の主張

(一)  原告の主張事実中一般客による収入金十七万四千八百三十円、素泊客による収入金三万千五百円は遊興飲食税一、五割並に女中奉仕料一割(之を控除すべきであるとすることは否認する)を控除しない額としては之を認める。その余の事実は否認する。

(二)  課税標準額金十三万円とした根拠は次のとおりである。

(イ) 総収入金は左の各項目冒頭の金額からそれぞれ遊興飲食税一、五割を控除した額であるが、原告は営業に際しては遊興飲食税台帳のみか有せず、営業の収入支出等を明確ならしむべき帳簿を備えていないのでその所得の算定にあつては、所得標準率を左記のとおり適用し、所得(純利益)を算定する。

1 一般客による純利益

収入額金十七万四千八百三十円から右税金を控訴した額に、所得標準率四、七割を乗じた金七万千四百五十二円が純利益である。

2 素泊客による純利益

収入額三万千五百円から右税金を控除した額に、所得標準率八割を乗じた金二万千九百十二円が純利益である。

3 競輪選手による純利益

収入額金三十三万三千二百円(一人一泊金七百円、延四百七十六名)から右税金を控除した額に、所得標準率四、五割を乗じた金十三万三百八十二円が純利益である。

(ロ) 右各標準率の決定にあたつては、使用人の給料は考慮されていないので、所得の算定の場合別に右給料を必要経費として控除すべきであるから、右(イ)の123の合計金二十二万三千七百四十六円から、使用人の給料として一万八千円を差引くと、所得は二十万五千七百四十六円である。

(ハ) 原告の所得は右(ロ)のようになるのであるが、同業者との権衡上二万五千七百四十六円は切捨てて、所得額を十八万円と認定し、右金額から基礎控除五万円を控除した十三万円を課税標準額としたのである。

(ニ) よつて被告のなした賦課処分に対する異議申立についての決定には違法はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

成立に争ない乙第一号証(一部)、証人高木繁人、中峯稔(一部)の各証言によれば、原告の総収入金中、一般客によるものは十七万四千八百三十円、素泊客によるものは三万千五百円であることが認められるところ、右金額算出の基礎となつた原告の申告は、原告が遊興飲食税台帳による総収入金に約三、三割の脱漏のあることを認めて右脱漏額を加算し四十万三十円としてなしたものであり、前示二口の収入金はその一部であることが認められるから、右各収入金は遊興飲食税額をまだ控除していないものと認められる。乙第一号証の必要経費欄中に遊興飲食税額の記載なきことは右認定の妨げとなるものではない。証人高木繁人、八尋保実の各証言、同証言によりその成立を認めうる乙第二号証によれば、原告営業の旅館立花屋は競輪選手の指定旅館であるところ、昭和二十七年度における右選手の宿泊人数は四百七十六名であり、一人一泊の宿泊料は遊興飲食税を含めて七百円であることが認められるから、右選手による収入金は算定の結果三十三万三千二百円であることが認められる。右認定に反する他の証拠はない。しかして、右収入金にはいづれも遊興飲食税を含んでいるので、売上額に対する右税率一、五割(福岡県遊興飲食税に関する特別措置に基く実行税率)を控除すると、一般客による純収入金は十五万二千二十六円、素泊客による純収入金二万七千三百九十一円、競輪選手による純収入金は二十八万九千七百三十九円にそれぞれなることが認められる。原告はさらに右各金額から女中奉仕料として売上額に対する一割を控除すべきことを主張するが、原告が、収入金より控除すべき性質の女中奉仕料を宿泊客から領収し、之を女中に支払つていたとの点については、原告はなんら立証をなさないから、右主張を認めるわけにはゆかない。証人副島為逸の証言は右認定を覆すに足りる証拠とはならない。そこで証人高木繁人、松枝喜次郎の各証言並に成立に争ない乙第三号証を綜合すれば、県は、事業税の課税標準額の算定に当り、その妥当を図るため経済調査、標範調査、基準調査、実額調査等の各種調査方法を行い、右調査を綜合し、営業種目別に細区分した業種毎に、総収入金に対する純利益(所得)の比率の基準を定め、之を所得標準率と称し、右率を以て課税標準額算定の適正の有無を点検すると共に、納税者がその算定に必要な帳簿類を備付けていない場合、又は帳簿類の記載が信用できない場合、税務吏員の推定算出が恣意に流れるのを避くるため、右所得標準率によつて課税標準額を算定するものであることが認められる。してみれば、右の如き調査に基き作成された所得標準率を前叙後段のような場合に適用して課税標準額を算定することは、税務吏員の単なる見込等とは異り、客観的な妥当性を有する算定方法として相当であると解せられる。しかして、原告は旅館営業についての収入支出を記帳した帳簿類を備付けていないことは当事者間に争ないところであるし、原告のその主張にかかる売上原価及び必要経費(後述使用人の給料の点を除く)につきなんら立証しないところであるので、正に被告主張の如き所得標準率によつて所得を算定すべき場合に属するというべきである。ところで、証人高木繁人の証言、前掲乙第三号証によれば、所得標準率は一般客の場合四、七割、素泊客の場合八割、競輪選手の場合四、五割であることが認められる。そこで、前叙各純収入金に右各所得標準率を乗じて各純利益を算出すれば、一般客により七万千四百五十二円、素泊客により二万千九百十二円、競輪選手により十三万三百八十二円であるので、所得合計は二十二万三千七百四十六円であることが認められる。右認定に反する他の証拠はない。前掲乙第三号証によれば右各所得標準率による利益中には使用人の給料を含んでいることが認められるので、当事者双方に争ない右給料一万八千円を右金額から差引いた二十万五千七百四十六円が原告の所得であるということができる。

はたしてしからば、原告の右所得の範囲内で課税標準額を十三万円とした被告の異議申立に対する決定はなんら違法ではないから、原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小野謙次郎 中池利男 石丸俊彦)

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